仕事をしていると、ときどき出てくる言葉です。「普通はこうしますよ」。僕はこの言葉を聞くと、少しだけ立ち止まります。別に「普通なんて関係ない!」と言いたいわけではありません。普通には普通なりの理由があります。多くの人がやっている方法には、それまでの経験や失敗からできた知恵が入っていることも多い。だから、まず知ることは大事です。ただ「普通だから」という理由だけで、そのまま使っていいのか。そこは一度考えたい。
「普通」は、誰にとっての普通なのか
Webサイトなら「トップページを作る」「お問い合わせフォームを置く」「SNSのリンクを載せる」「会社概要を作る」。こういうものは確かに一般的で、僕も必要なら普通に使います。でも「普通だから全部入れましょう」とは考えません。その人の仕事では必要なのか、見る人は本当にそこを見るのか、更新できるのか、続けられるのか。そこを見ます。立派なホームページを作っても、更新できなければ情報が古くなる。SNSを始めても、投稿すること自体が負担になれば続かない。「普通に必要だから」という理由だけでは、その人にとって必要な仕組みになるとは限りません。SNSでも似たことがあります。「Instagramはやったほうがいい」「毎日投稿したほうがいい」「リールをやったほうがいい」「フォロワーを増やしたほうがいい」。僕も必要な場合は使えばいいと思っています。ただ「みんながやっているから」だけでは少し弱い。その仕事のお客さんは本当にそこで情報を探しているのか。その人はその発信を続けられるのか。その時間を使うことで、ほかの大事な仕事が圧迫されないか。そこまで考えてから決めても遅くはないと思っています。
「やったほうがいい」と「やるべき」は違う
僕は「やったほうがいい」という言葉にも少し注意しています。やったほうがいいことは世の中にたくさんあります。勉強したほうがいい、発信したほうがいい、写真をきれいにしたほうがいい、ホームページを作ったほうがいい。でも、たぶん全部やればいいわけではありません。時間も、お金も、体力も限られています。「やったほうがいいか」だけではなく「今、この人がやる意味があるか」を考えたい。ここで大事なのは、何でも逆張りしたいわけではないということです。「普通と違うことをする俺、かっこいい」みたいなものは、ただの別の思い込みになります。まず「一般的にはこうする」を知る。そのうえで「今回は本当にこれでいいのかな?」と考える。普通を知らずに外すのと、普通を知ったうえで選ばないのでは、ちょっと意味が違います。小さな事業や個人の仕事では特にそうで、同じ業種でも売り方も、お客さんも、営業時間も、人手も、得意なことも、使える時間も違う。他の店でうまくいった方法がそのまま自分の店でも使えるとは限りません。これは「他人の成功を真似するな」という話ではなく、真似する前に自分の状況に置き換えて考えよう、という話です。
「普通はこうする」と言われたとき「なぜですか?」と聞くのは、相手を否定するためではありません。その方法ができた理由を知りたいだけです。理由が分かれば、そのまま使うこともできるし、少し変えることもできるし、今回は使わないという判断もできる。「普通」という言葉の中身が分かれば選択肢が増えます。僕がやりたいのは「普通を壊すこと」でも「普通に従うこと」でもなく、その間にある「考えて選ぶ」ということです。「みんなやっているから」ではなく「この人には、これが必要だから」。普通かどうかより、その方法がその人の仕事にちゃんと合っているか。「普通はこうする」を知る、そして一度立ち止まる、そのうえで自分で選ぶ。僕は、こういう「小さな立ち止まり」が好きなんだと思います。
