道具を増やす前に、ひとつ減らす。仕事が楽になるのは、足したときだけじゃない
新しい道具を見るのは、楽しい。
新しいMac。
新しいキーボード。
新しいモニター。
新しいアプリ。
新しいAI。
便利そうなサービスを見つけると、
「これを使ったら、もっと仕事が楽になるかもしれない」
と思う。
僕も思う。
むしろ、かなり思う。
「おまつの道具箱」なんて名前で記事を書いているくらいだから、道具そのものが嫌いなわけがない。
でも最近、少しだけ考え方が変わってきた。
新しい道具を増やす前に、
「今あるものを、一つ減らせないか」
と考えるようになった。
これは、道具が嫌いになったという話ではない。
むしろ逆だ。
道具をちゃんと使いたいからこそ、増やしすぎないようにしている。
便利なものは、簡単に増える
今は、とにかく便利なものが多い。
昔なら専門家に頼まなければできなかったことが、自分でできる。
画像を作れる。
動画を編集できる。
Webサイトを作れる。
ネットショップを開ける。
予約を受け付けられる。
顧客情報を管理できる。
SNSを予約投稿できる。
文章までAIが作ってくれる。
しかも、無料で使えるものも多い。
だから、
「とりあえず入れておこう」
が簡単にできる。
無料だから試してみる。
便利だから残す。
使うかもしれないから消さない。
こうして、少しずつ道具が増えていく。
道具が増えると、管理する仕事も増える
一つのサービスを追加すると、そのサービスを使う時間だけが増えるわけではない。
アカウントを管理する。
ログイン情報を管理する。
通知が来る。
設定を確認する。
アップデートする。
料金を確認する。
使い方を覚える。
他のサービスとの連携を考える。
場合によっては、データの移行まで考える。
つまり、道具には「使う時間」だけではなく、「持っている時間」がある。
ここが意外と大きい。
「無料」は、無料とは限らない
無料のサービスを否定するつもりはない。
僕も無料サービスを使う。
問題は、料金だけで判断してしまうことだ。
月額0円でも、
毎月30分かかる。
毎週10分確認する。
通知が毎日届く。
設定をたまに見直す。
こうなれば、それは完全に無料ではない。
お金を払っていないだけで、時間は払っている。
そして時間だけではない。
「気にしなければならないもの」が増える。
これもコストだと思う。
通知は、小さな仕事を勝手に作る
スマートフォンを見る。
通知が一件。
たいしたことではない。
でも、一度確認する。
すると、別の通知が目に入る。
SNSを少し見る。
メールを確認する。
気づいたら数分経っている。
一つひとつは小さい。
でも、それが一日に何度も起こる。
こういう小さな中断は、自分では「仕事」と認識していないことが多い。
だから余計に厄介だ。
仕事をしているつもりなのに、実際には「仕事に戻るための時間」を何度も使っている。
道具は、増やすより役割を決める
僕は、道具を選ぶときに、
「これ、便利そうだな」
だけでは決めないようにしている。
「これは何のために使うのか」
を考える。
例えばキーボードなら、文字を入力するため。
モニターなら、情報を見るため。
モニターアームなら、画面の位置を整えるため。
ノートなら、考えを外に出すため。
AIなら、思考の壁打ちや作業補助のため。
役割が決まっていれば、使い方も決まる。
逆に、
「なんとなく便利だから」
という理由だけで入れたものは、あとから役割が曖昧になる。
役割が曖昧な道具は、残りやすい
一番厄介なのは、
「いつか使うかもしれない」
という道具だ。
使っていない。
でも、削除するほどではない。
だから残る。
アプリもそう。
ファイルもそう。
アカウントもそう。
ブラウザのタブもそう。
そして、頭の中にも残る。
「あれ、どこにあったっけ?」
「あのサービス、まだ使えたっけ?」
「あのデータ、どこに保存したっけ?」
道具が増えると、探す時間も増える。
整理されていない道具箱から、必要な工具を探すようなものだ。
「使っていない」は、かなり強い情報だ
僕は、何かを整理するとき、
「これは必要ですか?」
だけではなく、
「最近、使いましたか?」
と考えるようにしている。
使っていない。
それなら、少なくとも「今の自分にとっての優先度」は低い。
もちろん、保管しておく価値があるものもある。
思い出の品もある。
将来必要になるものもある。
だから、
使っていない=全部捨てる
ではない。
ただ、
「使っていないことを、なかったことにしない」
ということだ。
Webサイトも同じだと思う
これは、Webサイトを整理するときにもよく感じる。
会社案内がある。
サービス紹介がある。
ブログがある。
お知らせがある。
SNSへのリンクがある。
問い合わせフォームがある。
採用ページがある。
ECサイトへのリンクがある。
LINE公式アカウントへのリンクもある。
「必要だから」
という理由で、どんどん追加されている。
でも、全部が本当に必要なのだろうか。
見る人にとって必要なのか。
今の事業に必要なのか。
更新できるのか。
役割が重複していないか。
古い情報が残っていないか。
ここを考えずに足していくと、サイトは大きくなる。
でも、分かりやすくなるとは限らない。
ページが多いことは、情報が豊富なことではない
例えば、
「サービスについて詳しく知りたい」
という人がいる。
その人がトップページを見て、
会社概要を見て、
ブログを見て、
お知らせを見て、
SNSを見て、
またサービスページに戻ってくる。
これでは、情報が多いだけで、整理されていない。
必要なのは、情報量ではない。
必要な情報が、必要な場所にあることだ。
これは、道具と同じだと思う。
机の上に工具が100個あっても、仕事は速くならない
大工さんの机を想像してみる。
工具が100個並んでいる。
ハンマーもある。
ドライバーもある。
ノコギリもある。
メジャーもある。
電動工具もある。
便利そうなものもたくさんある。
でも、今作っているものに必要な工具が3つなら、残り97個は机の上にないほうがいい。
必要なときに取り出せればいい。
道具は「持っていること」より、「必要なときに使えること」のほうが大切だ。
デジタルは、散らかっていても見えにくい
机の上なら、散らかっていることが目に見える。
でもデジタルは違う。
アプリが100個あっても、画面上では小さなアイコンにしか見えない。
ファイルが何千個あっても、フォルダの中に入っていれば見えない。
メールが何万通あっても、画面の外には出てこない。
だから、
「散らかっている」
という感覚が薄い。
でも、確実に存在する。
そして必要なものを探すときに、初めてその散らかりが姿を現す。
「探す」は、整理されていない証拠になる
仕事をしていて、
「どこだっけ?」
と言う回数が多いなら、一度整理したほうがいい。
ファイルを探す。
URLを探す。
パスワードを探す。
画像を探す。
過去の投稿を探す。
契約情報を探す。
「あのとき作った資料」を探す。
一回ならいい。
でも、それが何度も起こるなら、個人の記憶力の問題ではない。
仕組みの問題かもしれない。
人間の記憶に頼りすぎない
小さな事業では、代表者本人が全部覚えていることが多い。
どのサービスを使っているか。
どこにログインするか。
誰が管理者なのか。
どのSNSが何のためなのか。
画像はどこにあるのか。
Webサイトの更新方法はどうだったか。
全部、頭の中にある。
本人が元気なうちは、それでも動く。
でも、忙しくなったらどうなるか。
誰かに手伝ってもらうことになったらどうなるか。
休むことになったらどうなるか。
本人しか分からない状態は、実はかなり不安定だ。
整理するというのは、減らすことだけではない
ここは誤解されたくないところだ。
整理する=捨てる
ではない。
必要なものを残す。
必要な場所に置く。
役割を決める。
使い方を決める。
誰が使うのかを決める。
いつ見直すのかを決める。
そこまで含めて整理だと思っている。
だから、道具を減らすことも目的ではない。
「迷わなくすること」が目的だ。
迷いは、見えないコストになる
仕事をしていると、作業時間ばかり気にしがちだ。
この作業は30分。
これは1時間。
これは10分。
でも、本当はその前に、
「どうしようかな」
と考えている時間がある。
どのツールを使うか。
どのSNSに投稿するか。
どこにデータを保存するか。
誰が更新するか。
どのページを見てもらうか。
その都度考えていたら、少しずつ時間を使う。
だから仕組みを決める。
「これはここ」
「これはこのツール」
「これは毎週確認」
「これは必要なときだけ」
そう決めておく。
すると、小さな判断が減る。
「決めておく」は、自由を奪うことではない
ルールというと、窮屈に感じることもある。
でも、全部を毎回決めるほうが、実は疲れる。
朝起きるたびに、
「今日はどの靴を履こう」
から始めていたら大変だ。
ある程度決めておけば、考えなくていい。
そのぶん、本当に考えたいことに時間を使える。
仕事の仕組みも同じだ。
全部を自由にするのではなく、
「ここは決めておく」
という場所を作る。
それが、余白になる。
だから、道具を増やす前に一度立ち止まる
新しいアプリを見つけた。
便利そう。
入れたい。
その前に、
「今の道具では、本当にできないのか?」
と考える。
新しいAIサービスを見つけた。
すごそう。
使いたい。
その前に、
「今使っているAIとの違いは何か?」
と考える。
新しいSNSを始めたい。
その前に、
「今のSNSをちゃんと使えているか?」
と考える。
新しいものを否定しているわけではない。
新しいものを入れるなら、理由を持って入れたいだけだ。
「使わない」という選択も、立派な選択
僕はWebの仕事をしているので、いろいろなツールを知っている。
だからといって、全部使う必要はない。
むしろ、
「これは使わなくていい」
と言えることも大切だと思う。
世の中では、
「これからは○○が必須」
という話がたくさん出てくる。
AIもそう。
SNSもそう。
動画もそう。
ネットショップもそう。
でも、その事業に必要かどうかは別の話だ。
流行っているから導入する。
競合が使っているから導入する。
みんながやっているから始める。
それでは、道具が目的になってしまう。
道具は、目的のためにある
僕が「おまつの道具箱」で繰り返し書いていることは、たぶんこれだ。
道具は目的ではない。
何かをするために使うものだ。
だから、
良い道具=高価な道具
でもない。
良い道具=最新の道具
でもない。
良い道具=多機能な道具
でもない。
その人の目的に合っていて、
必要なときに使えて、
無理なく続けられる。
それなら、それは十分に良い道具だ。
道具箱には、余白があっていい
工具箱を開けたとき、全部の場所が道具で埋まっている必要はない。
空いている場所があっていい。
むしろ、空いているほうが取り出しやすい。
新しいものを入れる場所もできる。
僕は、仕事も同じだと思っている。
予定を全部埋めない。
机を全部埋めない。
アプリを全部入れない。
Webサイトに全部書かない。
SNSを全部やらない。
必要なものだけ残す。
そして、少し余白を残す。
余白があると、変化に対応できる
事業は変わる。
人も変わる。
お客さんも変わる。
使うツールも変わる。
Webの仕組みも変わる。
だから、今の状態を100%固定してしまうのも危険だ。
80%くらい整っていて、20%くらい余白がある。
そのくらいが、案外ちょうどいい。
新しいものが必要になったら入れる。
不要になったら外す。
使いながら調整する。
そのほうが、長く続く。
「減らす」は、後ろ向きではない
何かを捨てると、
「できることが減った」
ように感じる。
でも実際には逆の場合がある。
選択肢が減ったことで、迷わなくなる。
通知が減ったことで、集中できる。
ページが減ったことで、分かりやすくなる。
ツールが減ったことで、管理しやすくなる。
SNSを減らしたことで、一つの発信を丁寧にできる。
つまり、
「できることを減らして、できることを増やす」
ということがある。
仕事は、足し算だけではない
新しいことを始める。
新しいサービスを追加する。
新しいページを作る。
新しいSNSを始める。
新しい商品を増やす。
もちろん、それも大切だ。
でも、同じくらい、
やめる。
削る。
まとめる。
移す。
閉じる。
という判断も大切だと思う。
事業が成長すると、どうしても足し算が増える。
だからこそ、定期的に引き算をする。
今日、ひとつだけ減らしてみる
もし今、仕事が少しごちゃごちゃしているなら、大きな整理をしなくてもいい。
使っていないアプリを一つ消す。
不要な通知を一つ切る。
使っていないSNSを一つ見直す。
デスクトップのファイルを一つ整理する。
古いブックマークを一つ消す。
Webサイトの不要なページを一つ見直す。
それだけでもいい。
整理は、大掃除のように一気にやらなくてもいい。
一つずつでいい。
道具箱は、いっぱいにするものではない
僕は道具が好きだ。
だから、新しい道具を見ると今でも欲しくなる。
でも、最近は少しだけ考える。
「これは、本当に僕の道具箱に必要なのか?」
と。
そして、
「今あるもので十分じゃないか?」
と思ったら、買わない。
使っていないものがあれば、手放す。
役割が重なっていれば、どちらかにする。
それでも必要になったら、そのとき新しいものを入れればいい。
道具箱は、いっぱいだから価値があるわけではない。
必要な道具が、必要なときに取り出せる。
使い終わったら、元の場所に戻せる。
それくらいの状態が、一番使いやすい。
仕事も同じだと思う。
新しいものを足す前に、一つ減らす。
新しい仕組みを作る前に、今の仕組みを見る。
新しいツールを入れる前に、今ある道具の役割を考える。
「何を増やすか」だけではなく、
「何を減らすか」。
これも、道具を選ぶということなのだと思う。
おまつの道具箱は、便利な道具を集める場所ではない。
道具と、仕事と、生活のちょうどいい距離を考える場所。
だから次に何かを紹介するときも、
「これは便利ですよ」
だけでは終わらせない。
「あなたには、本当に必要ですか?」
というところまで考えてみたい。
道具は増やせる。
でも、時間は増やせない。
だからこそ、持つものを選ぶ。
使うものを選ぶ。
そして、使わないものを選ぶ。
その引き算もまた、いい仕事をつくるための道具なのだと思う。