道具の寿命は、性能だけでは決まらない。

道具の寿命は、性能だけでは決まらない。

新しい道具が出る。

性能が上がる。

速くなる。

軽くなる。

便利になる。

古いものは、

少しずつ見劣りしていく。

だから、

「そろそろ買い替えたほうがいいかな」

と思う。

もちろん、

買い替えたほうがいいこともある。

でも、

道具の寿命って、

性能だけで決まるものなのだろうか。

目次

古いから、使えないとは限らない

僕は、

古い道具を意外と長く使う。

新しいものが嫌いなわけではない。

むしろ、

新しい道具を見るのは好きだ。

新しいMac。

新しいiPhone。

新しいキーボード。

新しい時計。

新しい万年筆。

新しい機材。

新しいものには、

ちゃんと面白さがある。

でも、

新しいことと、

今の自分に必要なことは、

同じではない。

性能表だけでは分からない

例えば、

新しいパソコンのほうが速い。

これは数字で分かる。

でも、

今使っているパソコンで仕事が終わっているなら、

その速度差は、

仕事の成果にどれくらい影響するだろう。

10分早く終わる。

それは嬉しい。

でも、

そのために環境を全部移行する。

設定する。

アプリを入れ直す。

データを整理する。

使い方を覚える。

その時間まで考えると、

単純な性能比較では判断できない。

「買い替えコスト」は価格だけではない

道具を買うとき、

値札を見る。

でも、

本当のコストは、

値札だけではない。

移行する時間。

覚える時間。

設定する時間。

今までのやり方を変える時間。

古いデータを整理する時間。

周辺機器を買い直す費用。

こういうものも、

全部コストだ。

だから、古い道具には価値がある

使い慣れている。

どこに何があるか分かる。

操作に迷わない。

自分の癖に合っている。

必要な機能は足りている。

故障したら直せる。

こういうものは、

数字には出にくい。

道具は「性能」だけで使っているわけではない

例えば、

お気に入りのペン。

ものすごく高性能なわけではない。

ボールペンなら、

書ければいい。

それでも、

握ったときの感覚。

インクの出方。

重さ。

軸の太さ。

持ち運びやすさ。

そういうものが、

少しずつ自分に合ってくる。

すると、

単なる筆記具ではなくなる。

「慣れ」は、かなり大きな性能だと思う

僕は、

慣れていることを、

過小評価しないほうがいいと思っている。

慣れている。

つまり、

考えなくても使える。

これは、

ものすごく大きなことだ。

キーボードの位置を考えない。

マウスの動かし方を考えない。

よく使うアプリの場所を探さない。

ペンを持ったときに、

書き方を考えない。

その分、

本来やるべき仕事に集中できる。

新しい道具は、最初から速いとは限らない

新しい道具を買った。

嬉しい。

開封する。

設定する。

使う。

「あれ、前より時間がかかるな」

ということもある。

それは、

道具が悪いわけではない。

まだ自分の中に、

その道具の使い方が入っていないからだ。

道具には「身体に入るまでの時間」がある

キーボードなら、

指が覚える。

カメラなら、

操作が手に入る。

楽器なら、

身体が覚える。

時計なら、

巻くタイミングが習慣になる。

道具は、

説明書を読んだだけでは、

自分の道具にならない。

だから「買った日」は、始まりでしかない

道具を買う。

これは、

所有の始まり。

でも、

本当の意味で自分の道具になるのは、

使い込んでからだと思う。

傷がつく。

癖がつく。

使い方が変わる。

自分の仕事に合わせて設定が変わる。

必要なものだけ残る。

その過程が、

道具を育てる。

時計なんて、特にそうだ

機械式時計は、

買った瞬間が完成ではない。

使う。

巻く。

時刻を合わせる。

メンテナンスする。

オーバーホールする。

長く使う。

そして、

何年も経つ。

その時間そのものが、

価値になっていく。

道具には「履歴」が残る

傷。

汚れ。

交換した部品。

修理した跡。

使った時間。

そういうものは、

新品の状態では存在しない。

だから、

古い道具には、

新しい道具にはない価値がある。

Webサイトにも履歴がある

これは、

Webの仕事をしているとよく分かる。

サイトを公開する。

記事を書く。

ページを追加する。

画像を差し替える。

サービス内容を変える。

問い合わせが増える。

事業が変わる。

会社の歴史が積み重なる。

Webサイトは、

事業の履歴を残す場所でもある。

だから、全部作り直せばいいわけではない

古いサイトを見る。

デザインが古い。

スマートフォン対応が弱い。

情報が整理されていない。

だったら、

全部作り直そう。

そうなることがある。

でも、

本当に必要なのは、

全部を捨てることだろうか。

残すべきものもある

昔から使っている言葉。

積み重ねてきた実績。

過去の活動。

お客様との関係。

写真。

記事。

ブランドの歴史。

こういうものは、

古いから価値がないわけではない。

むしろ、

時間が経ったからこそ、

価値が出ていることもある。

「新しくする」と「捨てる」は違う

ここは、

かなり大事だと思う。

リニューアルとは、

過去を消すことではない。

今の状態に合わせて、

必要なものを残し、

必要なものを変えること。

修理という選択肢

壊れたら、

買い替える。

それが一番簡単な場合もある。

でも、

修理できるなら、

修理する。

部品を交換する。

調整する。

掃除する。

使い方を変える。

そうやって、

もう一度使えるようにする。

仕組みも修理できる

Webサイトの問題も、

全部作り直さなくていいことがある。

ナビゲーションを整理する。

文章を書き直す。

不要なページを減らす。

問い合わせ導線を改善する。

更新方法を見直す。

画像を整理する。

それだけで、

かなり変わる。

「作り直す前に、直せないか」

これは、

僕がWebを見るときの基本的な視点の一つだ。

もちろん、

作り直したほうがいい場合もある。

でも、

何が問題なのか分からないまま、

「リニューアルしましょう」

と言うのは、

少し違うと思っている。

問題を見つけてから、道具を変える

これは、

今までの「おまつの道具箱」でも、

何度か出てきた考え方だ。

困っている。

だから、

新しい道具を買う。

その前に、

何が困っているのかを見る。

遅いのか。

分かりにくいのか。

壊れているのか。

使い方が合っていないのか。

そもそも、

必要ない機能を使っているのか。

「古い」が問題なのではない

古い。

それだけでは、

問題にならない。

古くても、

目的を果たしているなら、

使える。

逆に、

新しくても、

目的を果たせなければ、

意味がない。

道具の価値は、年齢では決まらない

これは、

人にも似ていると思う。

長く使ってきたからこそ、

分かることがある。

経験があるからこそ、

余計なことをしなくなる。

新しいものを知っているからこそ、

古いものの良さにも気づく。

道具も、

人も、

単純な新旧では測れない。

ただし、我慢して使う必要もない

ここも大事だ。

「物を大切にする」

と、

「壊れていても使い続ける」

は違う。

仕事が止まる。

安全に問題がある。

修理できない。

維持費が高すぎる。

必要な環境に対応できない。

そういう場合は、

替える。

長く使うことが目的ではない

ここを間違えたくない。

「10年使ったから偉い」

という話ではない。

長く使えるなら、

長く使う。

必要なら、

新しくする。

直せるなら、

直す。

役割を終えたら、

手放す。

その判断ができることのほうが大事だ。

「いつまで使うか」ではなく、「何を満たせなくなったら替えるか」

こっちのほうが、

考えやすい。

例えば、

仕事に必要な処理速度を満たさなくなった。

バッテリーが一日もたない。

修理費が買い替え費用を大きく上回る。

必要なソフトが動かない。

こうなったら、

買い替える。

基準があれば、

「なんとなく新しいから」

で買わなくて済む。

道具には、役割がある

そして、

役割を終えるときが来る。

それは、

失敗ではない。

役割を十分に果たした。

だから、

次へ行く。

そう考えれば、

手放すことにも、

少し納得できる。

道具を残すことにも理由がある

逆に、

まだ役割があるなら、

残す。

予備として使う。

別の仕事に使う。

誰かに譲る。

修理する。

こういう選択肢もある。

一つの道具に、

「使う」か「捨てる」しかないわけではない。

仕事の仕組みも同じ

今のやり方が、

少し古くなった。

だから、

全部変える。

ではなく、

一部分だけ変える。

紙で管理していたものを、

一部だけデジタルにする。

手作業だったものを、

一つだけ自動化する。

古いページを、

必要なところだけ整理する。

こういう小さな更新でもいい。

仕組みは、少しずつ育てられる

最初から完璧な仕組みを作る必要はない。

むしろ、

使いながら分かることのほうが多い。

ここが面倒。

ここは使わない。

ここはもっと簡単にできる。

そうやって、

少しずつ直す。

道具も仕組みも、使ってから分かる

だから、

完成した瞬間より、

使い始めてからのほうが大切だと思う。

実際に使う。

違和感を見つける。

直す。

また使う。

この繰り返し。

「完成」を一度で終わらせない

Webサイトも、

公開したら完成。

ではなく、

公開してから育てていくもの。

事業も、

最初に決めた形が永遠ではない。

状況が変わる。

お客様が変わる。

自分たちも変わる。

だから、

仕組みも変える。

道具は、自分の変化についてこられるか

これも、

道具選びでは大事だと思う。

今の自分に合っている。

そして、

少し先の自分にも使える。

その余白がある。

全部を予測する必要はない。

でも、

今しか使えないものなのか。

これからも使い続けられるものなのか。

そこは、

少し考えておきたい。

長く使える道具には、余白がある

機能が多いという意味ではない。

むしろ、

必要なことだけができる。

少し工夫すれば、

別の使い方もできる。

修理できる。

設定を変えられる。

周辺環境を変えても使える。

そういう余白。

「最新」より「付き合える」

僕は、

道具を選ぶとき、

この感覚を大切にしたい。

最新かどうか。

一番高性能かどうか。

ランキング何位か。

それより、

自分が使い続けられるか。

仕事に馴染むか。

手入れできるか。

困ったときに対処できるか。

そのほうが、

長い目で見ると大切なことがある。

道具は、人生の中に置かれる

大げさに聞こえるかもしれないけれど、

毎日使うものは、

毎日の時間を少しずつ変える。

キーボード。

ペン。

時計。

スマートフォン。

机。

椅子。

パソコン。

一日だけなら、

小さな違い。

でも、

一年。

五年。

十年。

積み重なる。

だから、道具との付き合い方を考える

買う。

使う。

手入れする。

修理する。

変える。

手放す。

この一連の流れまで含めて、

道具だと思う。

Webも「道具」だと思えば、見え方が変わる

ホームページを、

一度作って終わるものとして考える。

すると、

デザインや公開がゴールになる。

でも、

仕事の道具だと考える。

すると、

使いやすいか。

更新できるか。

情報を探せるか。

問い合わせにつながるか。

直せるか。

引き継げるか。

という視点が出てくる。

そのサイトは、何年使うのか

3か月だけ使うのか。

1年使うのか。

5年使うのか。

10年使うのか。

期間が違えば、

作り方も違う。

長く使うなら、

見た目だけではなく、

構造を考える必要がある。

作った後のことまで考える

誰が更新するのか。

どこに画像を保存するのか。

文章をどう直すのか。

問い合わせが来たらどうするのか。

担当者が変わったらどうするのか。

ここまで考えて、

初めて「使えるWeb」になる。

道具は、買った瞬間より、その後が長い

これは、

当たり前のようで、

忘れやすいことだと思う。

買う時間は、

一瞬。

使う時間は、

何年もある。

だから、

買うときより、

使っている時間のほうが、

ずっと長い。

ならば、選ぶ基準も変わる

買ったときに嬉しいか。

ではなく、

半年後も使っているか。

一年後も困っていないか。

三年後も役割があるか。

そんな視点も、

持っておきたい。

道具の寿命は、カレンダーでは決まらない

「3年使ったから替える」

「5年使ったから古い」

そういう基準もある。

でも、

本当は、

使い方によって違う。

毎日酷使するもの。

週に一度しか使わないもの。

環境が厳しいもの。

大切に扱うもの。

同じ5年でも、

全然違う。

寿命とは、役割を果たせる時間

僕は、

そう考えると分かりやすいと思う。

役割を果たしている。

なら、

まだ使える。

役割を果たせなくなった。

なら、

見直す。

それだけでもいい。

道具を大切にするとは、古いものに執着することではない

使えるものを、

ちゃんと使う。

直せるものを、

ちゃんと直す。

替えるべきものを、

ちゃんと替える。

そして、

使い終わったものには、

「ありがとう」と言って手放す。

それくらいが、

ちょうどいい。

新しいものを買うことも、悪くない

新しい道具には、

新しい可能性がある。

仕事が楽になる。

できなかったことができる。

時間を短くできる。

それは、

ちゃんと価値がある。

だから、

新しいものを否定したいわけではない。

ただ、理由を持って買いたい

「新しいから」

ではなく、

「これが必要だから」

にしたい。

「今の道具では、この仕事ができないから」

にしたい。

そうすれば、

買った後も、

その道具の役割が分かる。

道具は、人生の主役ではない

道具は、

仕事をするためにある。

音楽をするためにある。

書くためにある。

時間を測るためにある。

生活を少し良くするためにある。

道具そのものが、

目的になる必要はない。

でも、道具との付き合い方には、その人が出る

何を選ぶか。

何を残すか。

何を捨てるか。

何を修理するか。

何にお金をかけるか。

どこまで手入れするか。

そこには、

その人の考え方が出る。

だから、

僕は道具を見るのが好きなのだと思う。

スペックを見るだけではなく、

その人が、

なぜそれを使っているのかを見る。

道具は、使う人との関係で完成する

高価だから良い。

最新だから良い。

古いから味がある。

そういう単純な話ではない。

自分の目的に合っているか。

自分の環境に合っているか。

自分が使い続けられるか。

そこに、

道具の本当の価値がある。

今日も、古い道具を使う

新しい道具を眺める。

「いいな」と思う。

でも、

今使っている道具を見る。

まだ使える。

まだ役割がある。

じゃあ、

もう少し使おう。

そんな判断をすることもある。

それでいいと思っている。

新しいものを選ぶことも、

今あるものを使い続けることも、

どちらも選択だ。

大切なのは、

「なぜそうするのか」

が自分で分かっていること。

道具の寿命は、

性能だけでは決まらない。

使う人が、

まだ必要としているか。

役割を果たせるか。

直せるか。

続けられるか。

そして、

これからも一緒に使っていきたいと思えるか。

そんなところで、

決まっていくのだと思う。

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