僕は、けっこう雑です

SI — Structural Intelligence

僕は、けっこう雑です。ここまで読んできた人には、もしかしたら「ちゃんと考える人」という印象がついているかもしれません。整理する、観察する、調べる、「なんで?」と考える。なんだか、ずいぶんちゃんとした人みたいです。でも、実際の僕はそんなにちゃんとしていません。むしろ、けっこう雑です。

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考えるところは細かい。でも、生活はけっこう雑

仕事では「ここはちゃんとしたほうがいい」と思うことがあります。情報の順番、表現の違い、誤字脱字、ページの構成、使う人が迷わないか。そういうところは、けっこう気になります。ところが、仕事から離れると急に雑になることがあります。「まあ、これでいいか」が普通に出てくる。完璧に揃っていなくても、特に困らなければそのままにする。たぶん、かなり普通の人です。そして、たぶん僕は面倒くさがりでもあります。考えることにはかなり時間を使うのに、どうでもいいことにはびっくりするくらい雑だったりする。「そこは気にするのに、こっちは気にしないんだ」ということが、自分でもあります。こだわるところと、どうでもいいところが、けっこう極端です。でも、人間なんてそんなものだと思っています。

何でもちゃんとする必要はない

昔は「ちゃんとしなきゃ」と思っていたこともあります。仕事も、生活も、人との関わり方も。でも、何でも完璧にしようとすると、かなり疲れます。そして、そもそもそんなことは無理です。大事なところはちゃんとする。そうでもないところは、まあいいか。そのくらいのいい加減さがあったほうが、長く続けられる気がしています。「雑」というとあまり良い言葉には聞こえないかもしれませんが、雑であることがすべて悪いわけでもありません。細かいところを気にしすぎない。完璧じゃなくてもとりあえずやってみる。失敗しても「まあ、次だな」と思える。そういう部分は、新しいことを試すときにはけっこう役に立ちます。完璧に準備してからではなく、「まあ、触ってみよう」と始められるからです。

「雑」と「適当」は、少し違う

僕の中では、「雑」と「適当」は少し違います。どうでもいいから適当にやる、ということではありません。大事なところにはちゃんとこだわる。でも、すべてのことに同じだけ力を使わない。どこに時間を使うのか。どこは手を抜いていいのか。どこは妥協しないのか。そのあたりを自分なりに分けています。そう考えると、「雑」というより「力の入れどころに偏りがある」のかもしれません。もちろん、仕事はちゃんとしたい。約束は守りたい。間違えたら直したい。人に迷惑をかけたら、ちゃんと謝りたい。でも、それと「いつでも完璧でいる」ことは違います。うまくいかない日もあるし、やる気が出ない日もあるし、失敗することもあります。そういうところも含めて、自分なんだと思っています。

まとめ

ここまで書いてきたような、考えることや整理することや観察することは、僕の一部です。でも僕は別に、いつも冷静に考えているわけではありません。感情もあるし、好き嫌いもあるし、面倒くさくなることもあるし、「まあ、いいか」で済ませることもあります。そういう部分を全部なくして、ずっと整った人間になろうとは思っていません。むしろ、ちょっとくらいデコボコしていたほうがいい。そのほうが、人のことも分かる気がします。ちゃんとしているところも僕。ちゃんとしていないところも僕。考えるときは、けっこう細かい。暮らしは、けっこう雑。まあ、そんな人間です。

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