道具に自分を合わせすぎない。使いやすさは、人によって違う
「この道具、すごく使いやすいですよ」
そう言われて買ったものが、どうもしっくりこない。
そんな経験はないだろうか。
レビューでは絶賛されている。
専門家もおすすめしている。
使っている人も多い。
性能も申し分ない。
なのに、自分には使いにくい。
こういうことは、意外とある。
そして僕は、最近ますます思う。
それは、道具が悪いのではなく、自分との相性が違うだけなのかもしれない、と。
「良い道具」と「自分に合う道具」は違う
世の中には、評価の高い道具がたくさんある。
高性能なキーボード。
人気のマウス。
高解像度のモニター。
最新のスマートフォン。
便利なAIサービス。
高機能なWebツール。
レビューを読むと、
「これ一択」
「これを使えば仕事が変わる」
「もっと早く買えばよかった」
なんて言葉が並んでいる。
それを見ると、
「じゃあ、自分も使ったほうがいいのかな」
と思う。
でも、そこで一度立ち止まる。
その人と、自分は同じ仕事をしているだろうか。
同じ手の大きさだろうか。
同じ作業をしているだろうか。
同じ時間だけ使うだろうか。
同じ環境で使うだろうか。
答えは、たぶん違う。
使いやすさには「人」が入っている
道具の性能だけを比べると、数字で判断できる。
重さ。
大きさ。
速度。
容量。
解像度。
機能数。
価格。
でも、「使いやすさ」は数字だけでは決まらない。
そこには使う人がいる。
そして、その人の癖がある。
よく使う機能がある。
ほとんど使わない機能がある。
得意なことがある。
苦手なことがある。
長時間使うこともあれば、短時間しか使わないこともある。
だから、同じ道具でも評価が変わる。
HHKBも、最初から万人向けではない
以前、HHKBについて書いた。
HHKBは、使い始めればすぐ誰でも快適になる道具ではないと思っている。
独特のキー配列。
独特の打鍵感。
慣れるまでの時間。
最初は、
「これ、本当に使いやすいのか?」
と思う人もいると思う。
でも、慣れた人には手放せない道具になる。
ここが面白い。
「誰にでもすぐ使いやすい」
のではなく、
「その道具との関係を作った人にとって、とても使いやすい」
ということがある。
道具には「慣れる時間」がある
新しい道具を使って、
「使いにくいからダメだ」
とすぐ判断するのも少し早い。
もちろん、本当に合わないこともある。
でも、最初は単純に慣れていないだけかもしれない。
新しいキーボード。
新しいマウス。
新しいソフト。
新しいカメラ。
新しいWebサービス。
最初は操作方法を覚える必要がある。
今までの癖も変えなければならない。
だから、使い始めの違和感だけで判断すると、本当の相性が分からないことがある。
でも、「慣れればいい」とも限らない
ここも大事だと思っている。
「そのうち慣れるよ」
という言葉は便利だ。
でも、何でも我慢して使えばいいわけではない。
手に合わない。
目が疲れる。
操作が複雑すぎる。
仕事の流れに合わない。
必要な機能が足りない。
逆に、余計な機能が多すぎる。
こういう場合は、無理に合わせる必要はない。
道具を使うために、自分の仕事を変えてしまうのは本末転倒だ。
道具は、仕事を助けるためにある
僕は、道具を選ぶとき、
「この道具を使いこなせるか」
だけではなく、
「この道具を使うことで、仕事がどう楽になるか」
を見る。
ここは似ているようで違う。
例えば、ものすごく高機能なソフトがある。
できることは100個。
でも、自分が必要なのは10個。
残り90個を覚えるために時間を使うなら、もっとシンプルなソフトのほうがいいかもしれない。
高機能だから良い。
高価だから良い。
有名だから良い。
とは限らない。
「使える」と「使いこなす」は違う
道具の話をすると、
「使いこなせるようにならないと」
という考え方が出てくる。
でも、僕はすべての機能を使いこなす必要はないと思っている。
必要な機能を使えれば、それでいい。
カメラの全部の設定を知らなくても、必要な写真が撮れればいい。
AIのすべての機能を知らなくても、自分の仕事に役立てられればいい。
Webサービスの細かい機能を全部覚えなくても、必要なページを作って運用できればいい。
道具は試験ではない。
満点を取る必要はない。
「使わない機能」も含めて道具を選ぶ
面白いことに、道具選びでは、
「何ができるか」
ばかりが語られる。
でも、
「何をしなくていいか」
も重要だと思う。
自動でやってくれる。
考えなくていい。
設定しなくていい。
毎回入力しなくていい。
移動しなくていい。
これも立派な価値だ。
つまり、機能が多いことより、
「自分がやらなくていいこと」
を見る。
道具が自分の仕事を変えてしまうこともある
新しい道具を入れると、仕事のやり方そのものが変わることがある。
例えばAI。
以前なら、
考える。
調べる。
書く。
修正する。
という流れだったものが、
考える。
AIに投げる。
返ってきたものを見る。
修正する。
という流れになる。
便利だ。
でも、同時に「どこを人間が担当するのか」が変わる。
これはAIに限らない。
ネットショップを導入すれば販売方法が変わる。
予約システムを入れれば受付方法が変わる。
SNSを始めれば情報発信の流れが変わる。
だから、道具は単なる道具ではなく、仕事の仕組みまで変えることがある。
だから「導入」より「設計」が先
僕がWebの仕事をするときに大事にしていることの一つが、
「いきなり導入しない」
ということだ。
便利そうだから導入する。
ではなく、
何を解決したいのか。
誰が使うのか。
どのくらいの頻度で使うのか。
今のやり方では何が問題なのか。
導入したあと、誰が管理するのか。
やめるときはどうするのか。
そこまで考える。
道具を入れることは簡単だ。
難しいのは、道具を仕事の中に定着させることだ。
道具は「買った瞬間」が完成ではない
これは物理的な道具でも同じだ。
新しいキーボードを買った。
それで終わりではない。
キー配置を覚える。
手の位置を調整する。
机の高さを変える。
使う時間を増やす。
違和感を確認する。
必要なら戻す。
デジタルツールなら、
アカウントを作る。
設定する。
権限を決める。
使い方を決める。
データを入れる。
運用する。
見直す。
つまり、本当に大切なのは「導入」より、その後だ。
使い続けられることは、性能の一つ
僕は最近、
「続けられるか」
をかなり重視する。
どれだけ高性能でも、面倒で使わなくなるなら意味がない。
どれだけ安くても、毎回困るなら意味がない。
どれだけ人気でも、自分の仕事に合わないなら意味がない。
逆に、
地味だけど使いやすい。
特別な機能はないけれど迷わない。
少し古いけれど手になじんでいる。
そういう道具は強い。
道具の価値は、スペック表の外にある
スペック表には、
何ができるか
は書いてある。
でも、
どれくらい迷わず使えるか。
どれくらい疲れないか。
どれくらい続けられるか。
どれくらい仕事に自然に入るか。
までは、数字だけでは分からない。
だから僕は、レビューを見るときも、数字だけを見ないようにしている。
「その人は、どう使っているんだろう」
を見る。
そこに自分との共通点があるかを考える。
「おすすめ」は、その人の条件まで見ないと危ない
「おすすめのノートPC」
「おすすめのキーボード」
「おすすめのAI」
「おすすめのホームページ制作ツール」
こういう記事は便利だ。
でも、本当は、
「誰にとっておすすめなのか」
まで書かれているほうが親切だと思う。
例えば、
毎日文章を書く人。
写真を大量に扱う人。
ネットショップを運営する人。
メールと資料作成が中心の人。
動画編集をする人。
それぞれ必要なものは違う。
「自分には何が必要か」を先に考える
だから、道具を選ぶときは、
おすすめランキングを見る前に、
自分の仕事を書き出してみる。
何を一番やっているか。
どこに時間がかかっているか。
どこでストレスを感じるか。
何をもっと楽にしたいか。
何は別に困っていないか。
これだけでも、かなり変わる。
道具を探す前に、自分の仕事を見る。
順番としてはこちらのほうがいい。
Webサイトも同じ
「ホームページを作りたい」
という相談が来たときも、
「じゃあ、どんなデザインにしましょうか」
から始めないことがある。
その前に、
何のためのサイトなのか。
誰に見てもらいたいのか。
今、一番困っていることは何なのか。
問い合わせを増やしたいのか。
信用を作りたいのか。
商品を売りたいのか。
採用したいのか。
既存のお客さんに情報を届けたいのか。
目的が違えば、作るものも変わる。
「ホームページが必要」とは限らない
場合によっては、
ホームページを作ることより、
既存サイトを整理する。
Googleマップの情報を整える。
SNSのプロフィールを見直す。
問い合わせ導線を直す。
商品ページを整理する。
写真を撮り直す。
そうしたほうが効果的なこともある。
これは「ホームページを作る仕事」を否定しているわけではない。
むしろ、本当に必要なものを作りたいという話だ。
道具に自分を合わせすぎない
便利なサービスが出てくると、
「これを使わなきゃ」
と思ってしまうことがある。
でも、
「自分の仕事に合わないなら使わない」
でもいい。
「今は必要ない」
でもいい。
「もっと簡単な方法でいい」
でもいい。
道具は、使う人のためにある。
使う人が、道具の都合に合わせ続ける必要はない。
ただし、道具に合わせることも悪くない
ここは少し矛盾する。
僕は「道具に自分を合わせすぎない」と書いている。
でも、新しい道具を使うときには、ある程度自分が合わせる必要もある。
HHKBだってそうだった。
新しいソフトだってそうだ。
新しい仕事のやり方だってそう。
だから、
「自分に合わせる」
「道具に合わせる」
のどちらか一方ではない。
お互いに少しずつ合わせていく。
その中で、
「これなら続けられる」
という場所を見つける。
それが相性なのだと思う。
相性は、使ってみないと分からない
結局、レビューだけでは分からない。
実際に使ってみる。
一日。
一週間。
場合によっては一か月。
使っているうちに、
「これはいい」
「ここは合わない」
が見えてくる。
だから、いきなり大きく変えないことも大事だ。
小さく試す。
合わなければ戻す。
良ければ続ける。
そのくらいでいい。
「戻せること」は、かなり大切
新しい仕組みを入れるとき、
「元に戻せるか」
を考える。
これは仕事でもWebでも大切だ。
新しいツールを試す。
でも、合わなければ元に戻せる。
新しい投稿方法を試す。
でも、違えば戻せる。
サイトの構成を変える。
でも、問題があれば修正できる。
変化を怖くしないためには、戻れる状態を作っておく。
これも一つの設計だと思う。
道具は、生活の一部になる
毎日使う道具は、いつの間にか生活の一部になる。
朝、Macを開く。
キーボードに手を置く。
ノートを開く。
ペンを持つ。
スマートフォンを確認する。
仕事が始まる。
こういう小さな動作が積み重なって、仕事のリズムになる。
だから、道具選びは単なる買い物ではない。
毎日の時間をどう過ごすかを選ぶことでもある。
だから「好き」も大切にしていい
ここまで機能や相性の話をしてきたけれど、
「好きだから使う」
も、ちゃんとした理由だと思う。
ペリカンの万年筆が好き。
機械式時計が好き。
Gibsonのギターが好き。
Marshallの音が好き。
HHKBの打鍵感が好き。
そういう感覚は、スペック表には書けない。
でも、毎日使うものなら、その「好き」は意外と大きい。
触りたくなる。
使いたくなる。
大事にする。
結果として、長く使う。
それなら十分に合理的だと思う。
合理性だけでは、長続きしない
何でも効率だけで決めると、
「一番安いもの」
「一番速いもの」
「一番多機能なもの」
に寄ってしまう。
でも、人間は機械ではない。
使っていて気持ちいい。
見た目が好き。
触った感覚が好き。
音が好き。
持っていると嬉しい。
そういう感覚も、仕事を続ける力になる。
だから、僕は道具に「好き」を入れていいと思っている。
ただし、「好き」と「必要」は分けて考える
ここも重要だ。
好きだから買う。
それ自体はいい。
でも、
「好きだから必要」
にしてしまうと、道具はどんどん増える。
だから、
これは仕事に必要。
これは生活に必要。
これは単純に好き。
と分けて考える。
どれも悪くない。
ただ、役割が違うだけだ。
自分の道具箱を、自分でつくる
誰かのおすすめを、そのまま自分の道具箱に入れる必要はない。
他人の正解は、参考にはなる。
でも、自分の正解ではない。
自分の仕事。
自分の体。
自分の生活。
自分の性格。
自分の時間。
それに合わせて選ぶ。
そして、使いながら変える。
道具選びは、
「一番いいものを探すこと」
ではないのかもしれない。
「自分にとって、ちょうどいいものを探すこと」
なのだと思う。
そして、それはWebの仕事にも、そのままつながっている。
「このツールが流行っているから」
ではなく、
「この事業には何が必要なのか」
から考える。
「このサイトがかっこいいから」
ではなく、
「この事業の人に、何を伝える必要があるのか」
から考える。
「みんなSNSをやっているから」
ではなく、
「誰に、何を、どこで届けるのか」
から考える。
道具は、選択肢を増やすためにある。
でも、選択肢が増えすぎると、今度は迷う。
だから、最後は自分で選ぶ。
僕はこれからも、いろいろな道具を使ってみると思う。
新しいものも試す。
古いものも使う。
合わなければやめる。
気に入れば長く使う。
そして、その経験をまた「おまつの道具箱」に入れていきたい。
道具は、人を変えることもある。
でも、本当は、
人が道具を選ぶ。
その関係のほうが健全なのだと思う。
「みんなが使っているから」ではなく、
「自分には、これが合うから」。
その理由を自分の言葉で言えるようになる。
それが、道具をちゃんと使うということなのかもしれない。