道具には、使う人の癖が残る。
道具を長く使っていると、不思議なことが起きます。
道具のほうが、自分に合わせてくれているように感じる。
実際には、もちろん道具が勝手に変わったわけではありません。
変わったのは、自分の使い方です。
持ち方が決まる。
置く場所が決まる。
操作の順番が決まる。
使う時間が決まる。
ちょっとした癖がつく。
そして気がつくと、
「自分はこの道具を、こう使う」
という型ができています。
僕は、これが道具の面白いところだと思っています。
同じ道具でも、使い方は人によって違う
例えば、同じペンを持っていても、
書く速さも違う。
持ち方も違う。
筆圧も違う。
ノートの使い方も違う。
書く場所も違う。
毎日使っているうちに、ペンそのものにも少しずつ変化が出ます。
インクの減り方。
グリップの擦れ。
手が触れる場所。
傷。
そういうものを見ると、
「この道具は、この人に使われてきたんだな」
という感じがします。
道具は新品の状態では、まだ誰のものでもありません。
使い続けることで、
少しずつ「自分の道具」になっていく。
モンブランのボールペンも、使い方が残る
僕はモンブランのボールペンを使っています。
高級だから、というだけで使っているわけではありません。
毎日手に取る。
書く。
しまう。
また使う。
そんなことを繰り返していると、
「このペンなら、この場面で書く」
という自分なりの使い方ができます。
メモを書く。
考えを整理する。
人と話しながら書く。
紙に残しておきたいことを書く。
同じペンでも、用途が決まってくる。
道具は、持っているだけでは自分のものにならない。
使い方が積み重なって、初めて自分の道具になっていく。
癖は、悪いものとは限らない
「癖」という言葉には、少し悪い印象があります。
癖がある。
変な癖がついている。
直したほうがいい。
確かに、仕事の邪魔になる癖もあります。
でも、全部が悪いわけではありません。
むしろ、
「自分が一番やりやすい方法」
が癖になっていることもあります。
毎朝最初にメールを確認する。
仕事を始める前に紙に書く。
重要なことは紙に残す。
作業が終わったらデスクを片づける。
画像を先に整理してから文章を書く。
こういう小さな癖は、仕事を安定させてくれます。
仕事にも「道具の癖」が残る
これは、道具だけの話ではありません。
仕事の仕組みにも、その人の癖が残ります。
ファイルの名前。
フォルダの構成。
メールの書き方。
写真の撮り方。
SNSの投稿方法。
Webサイトの更新方法。
商品登録の手順。
問い合わせへの返信。
こういうところに、
「その人がどう仕事をしてきたか」
が出ます。
だから、仕事の仕組みを見ると、
その人の考え方が少し見えることがあります。
Webサイトにも、作った人の癖が残る
Webサイトも同じです。
ページの順番。
メニューの名前。
文章の長さ。
写真の選び方。
ボタンの置き方。
問い合わせへの導線。
更新の仕組み。
どこに力を入れているか。
逆に、どこを放置しているか。
サイトを見れば、
「この人は、こう考えているんだな」
というものが見えることがあります。
だから、Webサイトは単なるデザインではありません。
そこには、
その事業の考え方や仕事の癖が、かなり残っています。
だから「作り直す」だけでは解決しない
古いWebサイトを見ると、
「全部作り直しましょう」
と言いたくなることがあります。
でも、僕はそこを少し慎重に考えたい。
そのサイトには、
今まで積み重ねてきたものがあります。
文章。
写真。
事例。
お客さんとの関係。
検索から来てくれる人。
問い合わせの流れ。
更新の習慣。
そして、
「この人たちは、こうやって仕事をしてきた」
という歴史があります。
だから、サイトを新しくするなら、
見た目だけを新しくするのではなく、
「何を残すのか」
も考えたい。
仕事の仕組みを変えるときも同じ
新しいシステムを導入するとき、
「今のやり方は古いから」
という理由だけでは弱いと思っています。
なぜ今のやり方になったのか。
何が問題なのか。
逆に、今のやり方の何が良いのか。
誰が使っているのか。
どこに経験が蓄積されているのか。
そこを見ないまま全部変えると、
「効率化したはずなのに、仕事がやりにくくなった」
ということがあります。
仕組みには、数字に出ない経験が含まれているからです。
「癖」は、引き継ぐときに問題になることもある
一方で、
人にしか分からない癖
には注意が必要です。
「いつもの場所にあるから分かる」
「このファイルを見ればいい」
「僕なら分かる」
という状態です。
本人には何の問題もない。
でも、その人が休んだら誰も分からない。
担当者が変わったら、仕事が止まる。
これは、仕組みとしては弱い。
だから、
「自分の癖を持つこと」
と
「自分しか分からない状態にすること」
は分けたほうがいい。
自分の癖は、仕組みに変えられる
たとえば、
自分は毎回この順番で作業する。
だったら、その順番を手順書にする。
毎回同じ場所にファイルを置く。
だったら、フォルダ構成を決める。
よく使う文章がある。
だったらテンプレートにする。
毎回同じ情報を確認する。
だったらチェックリストにする。
自分だけが知っている判断基準がある。
だったら、言葉にして残す。
こうすると、
「自分の癖」
が
「誰でも使える仕組み」
に変わっていきます。
これは、仕事を属人化させないためにかなり大切なことです。
道具に残る癖は、その人の歴史でもある
だからといって、全部を標準化すればいいわけでもありません。
自分なりのやり方。
お気に入りの道具。
ちょっとしたこだわり。
そういうものには、その人らしさがあります。
僕は、
「効率化すればするほど良い」
とは思っていません。
毎日使うペンを選ぶ。
紙に書く。
機械式時計を巻く。
お気に入りのキーボードを使う。
そういう小さな行為も、
仕事をする自分をつくっています。
人間が仕事をする以上、
完全に無機質な仕組みにはならないと思っています。
「使う人が変わっても使える」と「その人らしさ」は両立できる
ここが面白いところです。
仕組みは整理する。
でも、個性まで消さない。
基本的なルールは決める。
でも、必要なところには裁量を残す。
誰でも分かるようにする。
でも、最後の判断は人がする。
僕はこのバランスが大事だと思っています。
Webサイトでも、
更新方法は分かりやすくする。
情報の場所も決める。
でも、写真や文章には、その人らしさを残す。
仕事の仕組みでも、
手順は整理する。
でも、全部を機械的にしない。
人が考える場所を残す。
「仕組み化」と「人間らしさ」は、対立するものではありません。
道具を使うと、自分の仕事が見えてくる
長く使っている道具を眺めてみると、
「自分はこういう仕事をする人なんだな」
と気づくことがあります。
紙をよく使う。
細かく整理する。
何度も確認する。
思いついたらすぐ書く。
音を聞きながら考える。
手を動かしながら考える。
人と話してから整理する。
人によって違います。
そして、それは仕事の進め方にも出ています。
だから、道具を見ることは、
自分の仕事を見ることでもある。
たまには、自分の道具を眺めてみる
机の上を見てみる。
毎日使っているものを見る。
パソコン。
スマートフォン。
キーボード。
ペン。
ノート。
モニター。
イヤホン。
時計。
そして、
「なぜ、これを使っているんだろう」
と考えてみる。
そこには、
自分の仕事の癖が出ているかもしれません。
何を大切にしているのか。
何を面倒だと思っているのか。
どこに時間をかけるのか。
何を省略するのか。
何を手元に残したいのか。
道具は、意外と正直です。
道具は、使う人を少しずつ映していく
新品の道具は、まだ真っ白です。
でも、使っているうちに、
傷がつく。
馴染む。
癖がつく。
使い方が決まる。
そして、少しずつ、
「自分の道具」
になっていく。
仕事の仕組みも同じです。
最初は誰かが作ったものでも、
使う人の経験が積み重なる。
改善される。
省略される。
ルールが増える。
そして、その会社や人にしかない形になっていく。
だから、仕組みを整理するときには、
「今のやり方は非効率だから変えましょう」
だけではなく、
「なぜ今、この形になっているんだろう」
も見たい。
そこには、積み重ねた理由があるかもしれないからです。
道具には、使う人の癖が残る。
そして、その癖には、
その人が積み重ねてきた時間が残っています。
だから僕は、
道具を新しくすることだけを「改善」とは考えません。
今ある道具を見直して、
何が残っていて、
何を変えて、
何を仕組みにして、
何を自分のまま残すのか。
そこまで考えて初めて、
「自分に合った道具」
「自分に合った仕事の仕組み」
になっていくのだと思います。