機械式時計を毎日巻く。面倒だからこそ、残るものがある

機械式時計を毎日巻く。面倒だからこそ、残るものがある

機械式時計は、正直に言えば面倒です。

電池で動く時計なら、基本的には電池が切れるまで動いています。

スマートウォッチなら、時間を見るだけではなく、通知も来るし、健康管理もできる。

スマートフォンを見れば、秒単位で正確な時間がわかる。

それなのに、機械式時計には、

「自分で巻く」

という作業があります。

ものによっては、毎日決まった時間に巻く。

しばらく使わなければ止まる。

時間も少しずつずれる。

定期的なメンテナンスも必要になる。

効率だけを考えれば、

「なんでそんなものを使うの?」

となる。

僕も、その問いには反論しません。

その通りだからです。

目次

正確な時間を知るなら、もっといい道具がある

時間を正確に知りたいだけなら、機械式時計を選ぶ理由はほとんどありません。

スマートフォンでいい。

電波時計でもいい。

クォーツ時計でもいい。

目的が「正確な時刻を知ること」なら、もっと合理的な選択肢はいくらでもあります。

それでも機械式時計を使う人がいる。

なぜなのか。

僕は、

「時間を見る以外のものを、一緒に持っているから」

だと思っています。

時計の中で、ずっと何かが動いている

機械式時計の面白いところは、

電池を入れて終わり、

ではないところです。

ゼンマイに力を蓄える。

歯車が動く。

いくつもの部品が連動する。

その動きを調整しながら、時計として時間を刻んでいく。

腕につけているとき、

小さな機械がずっと動いている。

そのことを考えると、

少し不思議な感じがします。

時間を見るための道具なのに、

その中でも時間を刻むための仕組みが動いている。

なんだか面白い。

面倒には、意味があることがある

今の世の中では、

「面倒なこと」はできるだけ減らしたほうがいい、

という考え方が強いと思います。

自動化する。

効率化する。

省力化する。

AIに任せる。

これは僕も大賛成です。

仕事の中で、意味のない作業を減らすのは大切です。

だからWebでも、

「人がやらなくてもいいことは、できるだけ仕組み化したい」

と考えています。

でも、

すべての面倒をなくせばいい、

とも思っていません。

面倒だから、意識することもある

機械式時計を毎日巻く。

たったそれだけのことです。

でも、

「今日は時計を巻いた」

という小さな行為が生まれる。

時計を見る。

手に取る。

リューズを回す。

動き始める。

時間を合わせる。

たった数十秒のことかもしれません。

でも、その数十秒には、

「自分で道具を扱っている」

という感覚があります。

すべてを自動化しなくてもいい

AIが進化しています。

文章も作れる。

画像も作れる。

情報も整理できる。

コードも書ける。

検索もできる。

仕事のやり方そのものが変わっていく。

これは、とても面白いことです。

僕自身もAIを道具として使っています。

でも、

「AIで全部自動化できるようになったから、人間は何もしなくていい」

とは思いません。

むしろ逆です。

人が何を決めるのか。

何を選ぶのか。

何を残すのか。

そこが、今まで以上に重要になる。

Webも「自動更新すれば終わり」ではない

ホームページも同じです。

一度作って、

「はい、完成」

ではありません。

情報は変わる。

商品も変わる。

営業時間も変わる。

人も変わる。

サービスも変わる。

事業そのものが変わることもある。

だからWebは、

作ることより、

「どう維持するか」

が大切です。

僕が「続けられる形」を大事にする理由

Webサイトを作るとき、

見た目をきれいにすることはできます。

機能を増やすこともできます。

文章を整えることもできます。

でも、

更新する人がいなければ、

そのサイトは少しずつ古くなります。

そこで僕が考えたいのは、

「この人は、これからも使えるだろうか」

ということです。

難しすぎないか。

更新方法が複雑ではないか。

必要以上に機能を入れていないか。

誰が何を担当するのか決まっているか。

困ったときに戻れる場所があるか。

これは、

機械式時計のメンテナンスと少し似ています。

「作る」より「付き合う」

時計を買った瞬間がゴールではありません。

買ってから使う。

使っているうちに傷もつく。

メンテナンスする。

調子を見ながら使う。

長く使えば、愛着も出てくる。

Webも同じです。

サイトを公開した瞬間は、

スタート地点に近い。

そこから、

更新する。

改善する。

情報を追加する。

不要なものを削る。

問い合わせを見直す。

SNSとのつながりを調整する。

少しずつ育てていく。

僕はそのほうが、Webらしいと思っています。

新しくすることが正解とは限らない

Webの世界では、

「リニューアルしましょう」

という話がよくあります。

もちろん、本当に必要ならやればいい。

でも、

古いから全部作り直す。

という判断には、少し慎重になりたい。

問題はデザインなのか。

情報なのか。

構造なのか。

導線なのか。

更新されていないことなのか。

そもそも事業内容が変わっているのか。

そこを整理しないまま作り直しても、

同じ問題を新しいデザインで再現するだけです。

時計も、Webも、使い続けて初めてわかる

買ったばかりの時計は、

きれいです。

新品のWebサイトも、

きれいです。

でも、本当の価値がわかるのは、

しばらく使ってからなのかもしれません。

毎日使ってみる。

困ってみる。

直してみる。

必要なものがわかってくる。

いらないものもわかってくる。

その繰り返しの中で、

自分に合った形になっていく。

「完成」という言葉が少し苦手

僕はWebサイトについて、

「完成しました」

という言葉を使うことに、少し違和感があります。

もちろん公開した時点では完成です。

でも、

本当の意味では、

そこから使い始める。

だから、

「公開しました」

のほうがしっくりくる。

完成したものではなく、

これから使っていくもの。

そのほうが、長く付き合える気がします。

良い道具は、生活の中に入ってくる

機械式時計を毎日巻いていると、

時計が「特別なもの」ではなくなってきます。

もちろん大切ではある。

でも、

毎日の生活の中にある。

朝、手に取る。

腕につける。

時間を見る。

外して置く。

また翌朝、手に取る。

その繰り返しです。

道具の価値は、

「所有していること」

だけではなく、

「生活の中で使われ続けること」

にもあると思います。

Webも、生活や仕事の中に入っていく

だから僕は、

「すごいホームページを作る」

よりも、

「その事業の日常にちゃんと入るホームページ」

を作りたい。

更新できる。

情報を探せる。

問い合わせにつながる。

SNSから見に来てもらえる。

お客さんに説明するときに使える。

スタッフが確認できる。

必要なときに、自分たちで直せる。

そういうWebのほうが、

長い目で見ると強い。

効率と価値は、同じではない

機械式時計は、

効率が悪い。

でも、

効率が悪いから価値がない、

とはなりません。

これは仕事でも同じです。

最短距離だけを選べばいいわけではない。

時間をかけたほうがいいこともある。

人と話したほうがいいこともある。

紙に書いたほうが考えやすいこともある。

直接会ったほうが伝わることもある。

あえて手間を残したほうが、

大切なことを忘れない場合もある。

「便利」と「豊か」は違う

便利になることは素晴らしい。

でも、

便利になったことと、

豊かになったことは、

必ずしも同じではありません。

スマートフォンは便利です。

AIも便利です。

自動化も便利です。

でも、

全部を便利にした結果、

自分で考える時間までなくなったら、

それは本当に便利なのだろうか。

僕は、ときどき考えます。

道具は、使う人を映す

結局、道具は、

その人の仕事の仕方を映すものなのかもしれません。

何を大切にするのか。

何を省くのか。

何に時間をかけるのか。

どこまで効率を求めるのか。

何を残したいのか。

時計一つを見ても、

その人の価値観が少し見える。

ペン一本でも、

仕事の仕方が少し見える。

キーボードでも、

ギターでも、

Webサイトでも、

同じなのだと思います。

面倒なものを、全部捨てなくてもいい

もちろん、

面倒なことを全部残せ、

という話ではありません。

意味のない作業は減らしたほうがいい。

自動化できることは自動化したほうがいい。

AIに任せられることは任せればいい。

でも、

「面倒だから」

という理由だけで、

全部を効率化しなくてもいい。

そこに意味があるなら、

少しくらい手間がかかってもいい。

今日も時計を巻く

朝、時計を手に取る。

リューズを回す。

小さな機械が動き始める。

スマートフォンを見れば、一瞬で正確な時間がわかる。

それでも、

僕は時計を巻く。

別に、

そのほうが便利だからではありません。

その時間が、

嫌いじゃないからです。

効率だけで考えれば、

必要のない時間かもしれない。

でも、

必要のない時間が、

人生から全部なくなったら、

それはそれで少し寂しい。

道具は、

効率を上げるためだけにあるわけではない。

考えるため。

感じるため。

覚えておくため。

続けるため。

そして、

自分の仕事や暮らしと、

長く付き合っていくためにもある。

だから僕は、

便利な道具を使いながら、

あえて少し面倒な道具も使っていたい。

そのくらいの余白は、

残しておきたいと思っています。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

目次