事業を始めたばかりのころ、「できるだけ多くの人に知ってもらいたい」と考えることがあります。できれば、たくさんの人に好かれたい。できれば、誰からも嫌われたくない。できれば、幅広い人に買ってもらいたい。これは、とても自然な考え方だと思います。でも、ブランドについて考えていくと、少し違う見方が必要になります。「誰にでも好かれること」と「選ばれること」は、同じではないからです。
「誰にでも好かれる」は、意外と難しい
たとえば、あるお店が「どんな人にも楽しんでもらえるお店です」と伝えていたとします。一見すると、とても良さそうです。間口が広く、誰でも歓迎してくれる。でも、その情報だけでは、「じゃあ、私にとって何がいいんだろう?」というところまで伝わらないことがあります。対象を広くしすぎると、逆に特徴が見えにくくなることがある。これは、商品でもサービスでも、WebサイトでもSNSでも同じです。
ブランドは「誰にでも」ではなく「誰にとって」を考える
ブランドを考えるとき、「誰に売るか」だけを考える必要はありません。むしろ、「誰にとって、この存在は意味があるのか」と考えてみると、整理しやすくなります。
たとえば、同じ商品を扱っていたとしても、価格を重視する人、品質を重視する人、作り手の考え方を重視する人、地域とのつながりを重視する人、手軽さを重視する人、じっくり相談して選びたい人では、商品の価値の感じ方が違います。だから、すべての人に同じように魅力を伝えようとすると、どうしても言葉がぼやけてきます。
ここで大切なのは、「嫌われる」と「合わない」は違うということです。「誰にでも好かれなくていい」と言うと、「じゃあ、嫌われてもいいの?」と思うかもしれません。そうではありません。ブランドに必要なのは、わざと人を遠ざけることではなく、「自分たちが大切にしていることと、相手が求めていることが合うかどうかを明確にする」ということです。たとえば、静かに過ごせることを大切にしているお店は、にぎやかに楽しみたい人には合わないかもしれません。でも、それはどちらかが悪いわけではなく、求めている体験が違うだけです。
「誰でも歓迎」と「誰に向けているか」は両立できる
もちろん、入口としては誰でも歓迎していいと思います。問題なのは、発信まで「誰にでも当てはまる言葉」になってしまうことです。「地域のみなさまに愛されるお店」「幅広いニーズに対応します」「お客様一人ひとりに寄り添います」。こうした言葉は間違いではありません。ただ、それだけでは、その店ならではの違いがわかりにくい。そこで、もう一歩具体的にします。「どんな人が」「どんなときに」「なぜ、この店を選ぶのか」を考えてみる。すると、ブランドの輪郭が少しずつ見えてきます。
小さな事業ほど「誰に届くか」が大切になる
大きな企業には、たくさんの商品やブランドがあります。広告を出して、広い範囲に認知を取ることもできます。一方で、小さな事業では、使える時間もお金も人手も限られています。だからこそ、「とにかくたくさんの人に知ってもらう」だけではなく、「必要としている人に、ちゃんと届く」ことを考えたほうがいい場合があります。
たとえば、旭川の小さなお店なら、全国の何万人に一度だけ見てもらうより、旭川や近郊でその商品やサービスを必要としている人に、何度も思い出してもらうほうが意味を持つことがあります。もちろん、事業によって商圏は違います。大事なのは広さそのものではなく、「自分たちは、どこにいる誰の役に立つのか」を自分たちで理解していることです。
SNSでも「誰にでも」は起こりやすいものです。フォロワーを増やしたい、いいねを増やしたい、たくさんの人に見てもらいたい。そう考えると、つい反応されやすい内容ばかりを投稿したくなります。でも、たくさん反応された投稿が、そのままブランドを育てるとは限りません。一時的に注目された投稿と、「この人、この店ってこういう感じだよね」という記憶は、別のものだからです。SNSでは、投稿を一つひとつ切り離して考えるより、「このアカウントを何度か見た人に、どんな印象が残るか」を考えることが大切です。
ブランドには「選ばない理由」もあります。もちろん、意図的に不便にしたり、顧客を拒んだりするという話ではありません。「自分たちは、こういう価値を大切にしています」と明確にすることで、その価値を求めている人には伝わりやすくなる、ということです。逆に、その価値を必要としていない人には、そこまで響かないかもしれません。でも、それでいい。ブランドは「全員に同じ評価をしてもらうための仕組み」ではないからです。
「どうしたら好きになってもらえるか?」だけを考えるのは、少し危険だと思います。それよりも先に、「僕たちは何を大切にしているのか」「どんな価値を提供しているのか」「どんな人にとって意味があるのか」を、ちゃんと伝える。その結果として、「なんとなく好き」「考え方が自分に合う」「ここなら任せられそう」という感覚が生まれる。その順番のほうが自然です。
数字を大きくすることだけを考えてしまうと、発信する内容がどんどん薄くなることがあります。ときどき立ち止まって、「僕たちは、誰に何を伝えたいんだろう?」と考えてみる。その答えがはっきりしていれば、Webサイトの文章も、SNSの投稿も、商品ページも、少しずつ同じ方向を向いてきます。ブランドは、みんなから好かれるためにつくるものではありません。「この人には、これが必要だった」「この店だから、ここで買いたかった」「この考え方だから、ここにお願いしたかった」。そんな理由が積み重なっていくものなのだと思います。
