「使いにくい」は、道具のせいとは限らない

「使いにくい」は、道具のせいとは限らない。

道具を使っていて、

「なんか使いにくいな」

と思うことがあります。

ボタンの位置が気に入らない。

操作が多い。

画面が分かりにくい。

キーボードが打ちづらい。

アプリの動きが自分の感覚と合わない。

そういうとき、僕たちは自然に、

「この道具は使いにくい」

と考えます。

もちろん、本当に道具が使いにくいこともあります。

でも、もう一つ考えておきたいことがあります。

「使いにくいのは、道具なのか。それとも、自分の使い方なのか。」

ここを一度分けて考えると、道具との付き合い方が少し変わります。

目次

「使いにくい」は、かなり曖昧な言葉

たとえば、

「このホームページ、使いにくい」

と言われたとします。

でも、それだけでは何も分かりません。

情報が見つからないのか。

文字が小さいのか。

メニューが分からないのか。

スマートフォンで操作しにくいのか。

問い合わせ先が分からないのか。

ページの表示が遅いのか。

そもそも欲しい情報が載っていないのか。

全部、「使いにくい」と言えてしまいます。

だから、僕は「使いにくい」と言われたら、

「どこで困りましたか?」

と考えるようにしています。

感想をそのまま受け取るのではなく、

困っている場所まで分解する。

これは、Webでも道具でも同じです。

「使いにくい」と「慣れていない」は違う

新しい道具を使うと、最初はほとんど何でも使いにくく感じます。

初めて触るソフト。

初めて使うキーボード。

初めて乗る車。

初めて使うカメラ。

初めて触るAI。

「分からない」

「使いにくい」

は、似ています。

でも、同じではありません。

単純に慣れていないだけなら、時間が解決することもあります。

逆に、何度使っても毎回同じところで迷うなら、設計そのものに問題があるかもしれない。

ここを分けないと、

「自分が慣れていないだけなのに、道具を買い替える」

ということが起きます。

HHKBも、最初は「使いにくい」

僕がHHKBを使い始めたときも、まさにそうでした。

一般的なキーボードとは違う。

キーの位置も違う。

最初から快適だったわけではありません。

でも、使っていくうちに、

「これはこういう道具なんだ」

と分かってくる。

そして、自分の使い方に合ってくる。

ここで面白いのは、

「道具が変わった」のではなく、

「自分の使い方が変わった」

ということです。

もちろん、どんな道具でも我慢して使えばいいという話ではありません。

合わないものはあります。

ただ、

「最初に使いにくかった」

だけで、

「悪い道具」

と決めてしまうのも早い。

道具と人の間に問題がある

僕は、道具の使いやすさって、

道具だけでは決まらないと思っています。

道具。

使う人。

使う環境。

やる仕事。

この組み合わせで決まる。

同じキーボードでも、

文章を大量に書く人と、

数字を大量に入力する人では評価が違うかもしれません。

同じスマートフォンでも、

写真を撮る人と、

電話しかしない人では必要な機能が違います。

同じWebサイトでも、

初めて来る人と、

毎日使う人では必要な導線が違う。

だから、

「この道具は使いやすい」

だけでは、少し足りません。

「誰にとって?」

「何をするために?」

まで考えたほうがいい。

「使いやすさ」は、人によって違う

これはWebサイトを作るときにも、かなり重要です。

制作側から見ると、

「このメニューは分かりやすい」

と思っていても、

初めて見る人には分からないことがあります。

逆に、作り手には当たり前すぎて、

「こんな説明はいらないだろう」

と思っていた情報が、

初めて来た人には必要だったりする。

つまり、

作る側にとっての使いやすさと、

使う側にとっての使いやすさは違う。

だからWebサイトでは、

「作った人が使いやすい」

より、

「見る人が迷わない」

ことを考えます。

使いにくさは、設計のサインかもしれない

「使いにくい」という感覚を、すぐに消そうとしないことも大切です。

その違和感には、何か理由があるかもしれません。

たとえば、

何度も同じ場所を探している。

毎回同じ質問をしている。

同じ作業を何度もやり直している。

同じところでミスする。

毎回誰かに聞かないと分からない。

こういう状態なら、

「自分が不器用だから」

と考える必要はありません。

仕組みのほうを見たほうがいい。

使いにくさは、

「ここを整理したほうがいいですよ」

というサインかもしれないからです。

「慣れればいい」で済ませてはいけない場合もある

一方で、

「使っていれば慣れる」

では済まないものもあります。

毎回間違える。

毎回時間がかかる。

毎回説明が必要。

毎回誰かがサポートしなければならない。

こういう状態が続くなら、

「慣れの問題」

ではなく、

「仕組みの問題」

かもしれません。

特に仕事では、

一人が頑張って使いこなしているだけでは危険です。

その人が休んだら止まる。

担当者が変わったら分からない。

新人が入ったら教えられない。

そうなっているなら、

「使いこなせている」

とは言いにくい。

「分かる人だけ使える」は、使いやすいとは言わない

これはWebでも業務システムでも同じです。

専門知識がある人なら分かる。

作った本人なら分かる。

担当者なら分かる。

でも、それ以外の人には分からない。

こういう状態は、かなり危険です。

なぜなら、

「分からない人が悪い」

という構造になってしまうからです。

本来は、

「分からなくても使える」

ように設計するほうがいい。

もちろん、すべてを簡単にすることはできません。

専門的な仕事には専門性が必要です。

でも、

「専門家しか扱えない」

「専門家が支えているから、利用者は迷わない」

は違います。

僕がWebや情報を整理するときに気をつけているのも、ここです。

中では専門的に考える。

外には、分かる言葉で出す。

道具に合わせることも必要

ここまで書くと、

「道具は全部、人に合わせるべき」

と思われるかもしれません。

でも、そうでもありません。

人が道具に合わせたほうがいい場合もあります。

楽器なんかは、まさにそうです。

最初から自分の思い通りに弾けるわけではない。

練習が必要です。

フォームを覚える。

操作を覚える。

音の出し方を覚える。

道具の特性を理解する。

その過程で、自分の技術も上がっていきます。

だから、

「使いにくいから、すぐ変える」

のも違う。

道具に合わせることで得られるものもあります。

大事なのは「どこまで合わせるか」

結局は、このバランスです。

道具に合わせる。

人に合わせる。

環境を変える。

使い方を変える。

仕組みを変える。

どれが正しいかではなく、

「一番無理が少ない方法はどれか」

を考える。

例えば、

新しいソフトを導入するより、

今のソフトの使い方を少し変えるほうがいいかもしれない。

逆に、

何年も我慢しているなら、

もう道具を変えたほうがいいかもしれない。

毎回同じミスが起きるなら、

人の注意力を上げるより、

ミスが起きにくい仕組みに変えたほうがいいかもしれない。

こういう判断が「整理」なんだと思います。

「使いにくい」は、悪口ではなく情報

僕は、

「使いにくい」

という言葉を、できるだけ悪い評価としてだけ受け取らないようにしたいと思っています。

そこには、

「何かが合っていない」

という情報が入っています。

道具かもしれない。

使い方かもしれない。

環境かもしれない。

説明かもしれない。

設計かもしれない。

あるいは、そもそも目的が曖昧なのかもしれない。

だから、

「使いにくいんです」

と言われたら、

「じゃあ、何を変えれば使いやすくなるんだろう」

と考える。

これは、Webサイトでも、

仕事の仕組みでも、

SNSでも、

オンラインショップでも、

AIでも同じです。

道具のせいにしすぎない。

でも、

自分のせいにもしすぎない。

このくらいが、ちょうどいい。

道具が悪い場合もある。

使い方が悪い場合もある。

環境が合っていない場合もある。

そもそもの設計が合っていない場合もある。

だから、

「使いにくい」

という感覚が出てきたら、

すぐに買い替えない。

すぐに我慢もしない。

まず、

「どこが使いにくいんだろう」

と分解してみる。

そこが分かれば、次にやることが見えてきます。

道具を変えるのか。

使い方を変えるのか。

環境を変えるのか。

仕組みを変えるのか。

それとも、

「このくらいなら、このままでいい」

と判断するのか。

道具との付き合い方は、

便利なものを選ぶことだけではありません。

自分と道具の間にある、

ちょっとしたズレを見つけること。

そして、そのズレをどうするか決めること。

そこまでできると、

「使いやすい道具」を探すだけではなく、

「自分にとって使いやすい状態」をつくれるようになります。

僕は、そちらのほうが面白いと思っています。

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